大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 昭和27年(行)10号 判決 1953年12月09日

原告 東海印刷株式会社

被告 三重労働者災害補償保険審査会外一名

主文

被告三重労働者災害補償保険審査会が原告に対して昭和二十七年十月二十九日附を以つてなした原告の申立は認めない旨の決定はこれを取消す。

原告、被告三重労働者災害補償保険審査会間の訴訟費用は同被告の負担とする。

原告、被告松阪労働基準監督署長間の本件訴訟は昭和二十八年十一月四日訴の取下によつて終了した。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨及び被告松阪労働基準監督署長が中山亀三郎に対し昭和二十七年二月六日附を以つてなした障害補償費を給付しない旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、訴外中山亀三郎は昭和二十一年頃より訴外ホシ印刷株式会社に雇われ断截工及び製本工として働いていたところ右会社は経営困難に陥り昭和二十六年二月その事業を休止したため右中山等同会社の従業員は失職するに至つたが其の後に至つて右会社の遊休施設を活用して新会社を設立する議が起り有志相謀り新会社の発起人となりホシ印刷株式会社の幹部及び同会社の旧従業員等と折衝の末新会社を設立しホシ印刷株式会社より同会社の施設一切を賃借すると共にその旧従業員(但し自発退職者を除く)を新会社の従業員として雇傭して印刷業を営むことになり且つ従業員の利益擁護のため従業員中からその推薦する者二名を取締役に選任すること等の議が定まり昭和二十六年七月十六日その創立総会において従業員の利益擁護のためその代表者に経営参加を認める趣旨で設けられた定款第十九条第二項の規定に基き中山は原告会社の従業員となるべきものとして既に予定せられた従業員より推薦を受けて取締役に選任せられ同月十七日その設立登記がなされここに原告会社が成立した。右の次第にて法的にはともかく原告会社は成立前たる同月上旬より事実上右中山始めホシ印刷株式会社の旧従業員を使用し印刷業を開始していて中山は原告会社成立後は断截及び製本工として労務に服しその対償として賃金を受けており原告会社は労働者災害補償保険の加入者としてその保険料の支払をしてきた。しかるところ中山は同年九月九日原告会社工場において印刷用紙の断截作業に従事中断截庖丁をとめている歯車のピンが折れたため突然断截庖丁が落下し、同人は右手指に第二指尖端よりの切断創、第三、四指末節よりの切断創を受けた。しかして右負傷は労働者災害補償保険法別表第十一級の障害に該当し中山は同法によつて障害補償費として平均賃金二百日分の給付を受ける権利を有するものであるから同人は同年十二月一日被告松阪労働基準監督署長(以下被告監督署長と略称する)に対し右障害補償費の給付を請求したが同被告は昭和二十七年二月六日附を以つて中山は原告会社の従業員でないとの趣旨の理由で障害補償費を給付しない旨の決定をなした。よつて利害関係人である原告は三重労働基準局保険審査官に審査の請求をしたが請求を認めないとの決定を受けたので原告は更に同年六月二日被告三重労働者災害補償保険審査会(以下被告審査会と略称する)に対し審査の請求をしたところ同被告は同年十月二十九日附を以つて被告監督署長と同様の理由で原告の申立は認めないとの決定をなし、原告は同年十一月二日右決定を受領した。被告監督署長被告審査会の右各決定の理由は明確でないが結局中山亀三郎は原告会社の取締役であつて労働者でないことを理由とするものの如くであるがその見解は前敍の如く明らかに不当であつて右被告監督署長の決定及び被告審査会の決定はいずれも違法である。よつて原告は右各決定の取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告審査会の主張に対し、なるほど中山が取締役に選任せられた当時は原告会社は法的には成立していなかつたのであるから厳密に云えば原告会社の従業員というものはなく従つて従業員中より取締役を選任することは有り得ず又当時中山と原告会社間に雇傭関係が存在する筈がないことは同被告主張の如くであるが原告会社の設立登記前たる昭和二十六年七月上旬頃より設立さるべき原告会社の印刷業務に事実上従事していた中山等ホシ印刷株式会社の旧従業員等は定款作成当時既に会社成立後においては従業員たるべきものと予定せられていたのであるから「現従業員中より役員二名を選任する」との原告会社の定款第十九条第二項の規定は右の従業員予定者をも対象として規定せられたものと解すべきものであり、中山は右従業員予定者より取締役たるべき者に推薦せられた結果創立総会において右定款の規定に基いて取締役に選任せられたものであることは争う余地のない事実である。仮りに右定款の規定の解釈如何により右中山の取締役選任が有効か否か問題となるとしても右は中山が原告会社の従業員たる地位にあるか否かの問題とは別個の問題であり、又中山の取締役選任が純然たる取締役の選任としての効果をもつものであるとしても取締役は従業員となり得ないとする法規も法理もないのであるからこれを以つて中山が原告会社の従業員でないと速断することはできない。又同被告は失業保険金の受給期間中の者は法律上労働者たり得ないものであると主張するがこれは現実を無視した論である。中山が昭和二十六年三月一日より同年七月二十一日まで失業保険金の給付を受けていたことは認めるが失業者でない者が失業保険金の給付を受けた場合は該受給者はその受給保険金の返還義務を負うに止まりこれがため失業者となるものではない。ましてや中山は本件負傷当時は失業保険金の給付は受けていなかつたのであるから問題の生ずる余地なく又中山に対する失業保険金支給台帳の受給期間満了の年月日欄には昭和二十七年二月二十一日と記載されているが右は失業保険金の給付を受け得る期間が受給資格の発生より一年間となつている関係上その如く記載されたものであつて中山が右期間満了まで失業保険金の給付を受けていたことや受給資格が右期間中現実に存在していたことを意味するものではない。又本来災害補償義務者たるべき者は法人たる原告会社自体であるから会社の機関たる取締役を使用者たる観念に含ますべきでなく被告の各主張は全く理由なきものである。被告監督署長の主張に対しては同被告に対する請求の変更は請求の基礎を変えるものでないから有効であると述べた。

(立証省略)

被告審査会は原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張事実中訴外ホシ印刷株式会社が昭和二十六年二月経営難にて事業を中止し訴外中山亀三郎等が失職したこと、中山が昭和二十六年七月十六日原告会社の創立総会において取締役に選任せられたこと、原告会社が同月十七日設立の登記を了し成立したこと、右中山が昭和二十六年九月九日原告会社工場に於て印刷用紙を断截機で断截中原告主張の如き負傷をなし同年十二月一日被告監督署長に対し労働者災害補償保険法に基く障害補償費の給付請求をしたが同被告は昭和二十七年二月六日右請求に対し中山は原告会社の従業員でないとの理由で支給しない旨の決定をしたこと、原告が右決定を不服として三重労働基準局保険審査官に審査の請求をしたが請求を棄却する旨の決定を受け更に被告審査会に審査請求をなしたが同被告が昭和二十七年十月二十九日附を以つて被告監督署長と同様の理由で原告の申立はこれを認めないとの決定をしたことは認めるが中山が原告会社の従業員たることはもとよりその余の事実は否認する。そもそも原告会社はその成立以前には何人とも雇傭契約を締結し得ないものであるからホシ印刷株式会社の従業員が原告会社の従業員たることを予定せられていたとしてもそれ等の者が原告会社成立と同時に当然従業員となるものでなく又中山が取締役に選任せられた創立総会当時は従業員たるものは存在せず従業員中より取締役を選任するが如きことは有り得ないことであり中山の取締役選任が原告会社の定款第十九条第二項に基ずいたものであるとしても同項に規定する従業員とは現実に雇傭せられている従業員のみを指称するもので他会社の従業員又は将来従業員たるべきことを予定せられている者までも包含するものでないことはその文意よりして極めて明らかであることから中山は個人的信頼関係に基く純然たる取締役として選任せられたものといわざるを得ないのであつて中山は原告会社との間には何ら雇傭関係はなくその従業員でない。このことは中山は失業者として昭和二十六年三月一日より同年七月二十日まで引続き失業保険金の給付を受けており失業保険金の受給期間が昭和二十六年二月二十一日より昭和二十七年二月二十一日迄となつていてこの間同人に対し失業の認定がなされているものであるから原告会社の創立総会当時はもちろん右期間中同人は原告会社とはもとより何人とも雇傭関係に立つことは絶対に許されず同人は原告会社と使用従属関係に立つ労働者と認めることはできないことによつても明らかである。仮りに雇傭契約乃至労働契約に基いて労働者たる身分を有する者であつてもその者が取締役の地位を有するに至るやこのことによつて従来の使用従属関係は遮断されこの雇傭乃至労働関係は取締役と会社間の委任関係に吸収され被傭者たる地位を失うに至るものと解すべきであり、更に又労働者たる身分を有するものであつても労災保険制度は使用者の災害補償義務を保険によつて政府が代行する制度であるから被害者たる労働者と本来災害補償義務者たるべき使用者とその人格を一にするが如き場合は損害の賠償と云う観念は成立する余地がない。敍上いずれの理由よりするも中山は労働者災害補償保険法にいわゆる労働者でないこと明らかであるから同人に対し同法に基く障害補償費を支給し得ないものというべきである。従つて此の趣旨に出でた被告審査会の決定は正当であつて何ら違法の点はないと述べた。

(立証省略)

被告監督署長は原告の請求は却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、その主張として、労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定に関し行政訴訟を提起するには保険審査官及び労働者災害補償保険審査会の審査を経なければならないのであり且つ労働者災害補償保険審査会の行つた決定は当然当該保険給付に関する決定をなした労働基準監督署長及び保険審査官を拘束するものであるから保険給付の決定に関する本件行政訴訟の被告としては当然当該決定の最終的行政審判機関たる被告審査会のみを相手とすべきものであり被告監督署長を相手とすべき必要は毫も存しない。更に又原告の当初の請求は被告監督署長は中山に対し金六万七千九百四円を支払うべしとするものであつて右は行政事件訴訟特例法による行政訴訟の範囲を逸脱するものとして許されない。もつとも原告は後に至つてその請求を被告監督署長がなした保険給付に関する決定の取消を求める請求に変更したが元来抗告訴訟においては法律上出訴期間の制限を定め且つ訴願前置主義をとつている趣旨からみて訴の変更は許されないものというべく仮りに然らずとするも原告の右請求の変更は請求の基礎に変更があるから許されない。敍上の理由により原告の被告監督署長に対する訴は不適法として却下さるべきものであると述べた。

(立証省略)

なお原告は昭和二十八年十一月四日の本件口頭弁論期日において被告監督署長に対する訴を取下げる旨陳述したが被告監督署長は右訴の取下に同意せず本訴につき判決を得たき旨陳述した。

理由

先ず被告審査会に対する請求について按ずるに訴外中山亀三郎が昭和二十六年九月九日原告会社工場において印刷用紙断截の作業に従事中右手指に第二指尖端よりの切断創、第三、四指末節よりの切断創の負傷をしたこと、よつて同人が同年十二月一日被告監督署長に対し労働者災害補償保険法に基く障害補償費の給付請求をなしたが両被告は右に対し中山は原告会社の従業員でないことを理由として昭和二十七年二月六日附を以つて支給しない旨の決定をしたこと、そこで原告は利害関係人として三重労働基準局保険審査官に対し右決定の審査の請求をなしたが請求を棄却する旨の決定を受けたので原告は更に被告審査会に審査の請求をしたところ同被告は同年十月二十九日附を以つて被告監督署長と同様の趣旨の理由で原告の申立は認めない旨の決定をなしたことは当事者間に争がない。そこで被告審査会がなした右決定の当否について考察するに訴外ホシ印刷株式会社が経営不振のため昭和二十六年二月事業を中止し訴外中山亀三郎は失職するに至つたことは当事者間に争なきところ成立に争のない甲第七号証、証人伊藤省一郎の証言によつて成立の認められる同第三号証、証人中山亀三郎の証言及び原告代表者本人訊問の結果によつて各成立の認められる同第六号証、同第九号証の一乃至八の各記載に証人五十嵐要一、同伊藤省一郎、同額賀信夫、同中山亀三郎の各証言及び原告代表者本人訊問の結果を綜合すると右中山と共に三十数名のホシ印刷株式会社従業員が失職するに至つたがかねがね之が再建が考慮せられていて右会社の社長川口菊蔵より服部周平に乗出方を乞い服部は同年四、五月頃旧従業員の意向を糺し、融資先を確かめた上右ホシ印刷株式会社の設備を利用し旧従業員を包含して第二会社の設立を企図し同年六月下旬頃より創業準備がなされてその頃服部は右中山始め旧従業員等を新設せらるべき会社の従業員として雇入れる旨の約束をなし中山始め旧従業員は日当を得て右設備の補修に取掛り又従業員の経営参加が定款に定められることになつていたので新会社の従業員となるべき者より予め取締役たるべき人として中山外一名を選んで着着準備が進められ同年七月上旬に入るや事実上印刷業務が開始され、中山は前職通り断截工としてその労務に服し来り同年七月十六日その創立総会において服部よりの創立事項の報告は満場異議なく承諾をみて、右服部は代表取締役に選任せられ中山は所謂経営参加の趣旨で設けられた定款の規定に基き従業員より選ばれた役員として原告会社の取締役に選任せられ翌十七日設立登記がなされて原告会社が成立した以後は改まつて原告会社と雇傭契約の形式は履まれなかつたが中山初め旧従業員は前示服部との約束に従い暗黙の裡に原告会社の従業員となり中山は引続き断截工としてその労務に服しその対償として原告会社より他の従業員と同様の賃金の支払を受けて来て右負傷当時原告会社の労働者であつたことが認められる。被告審査会は原告会社はその成立以前には何人とも雇傭契約を締結し得ないものであるからホシ印刷株式会社の従業員が原告会社の従業員たることを予定せられていたとしてもそれ等の者が原告会社成立と同時に当然従業員となるものでなく又中山が取締役に選任せられた創立総会当時は従業員たるものは存在しないのであるから従業員中より取締役を選任することは有り得ないのであつて中山は従業員でないと主張するが中山が原告会社の従業員となつたのは敍上認定の経緯によるものであるから右主張自体は尤もな点があるが事実に副わないものとして認容出来ない。又同被告は中山が昭和二十六年三月一日より原告会社成立後たる同年七月二十一日迄失業保険金の給付を受けていたから原告会社と雇傭関係に立つことは許されないものであると主張し右保険金受給の点は原告において認めて争わないところであるが右事由の存するの故に中山と原告会社との間にその成立当時より雇傭関係がなかつたとは遽に断定し得ないのであり前認定の如く中山は原告会社成立当初よりその従業員となつたものであるから失業の状態より就職の状態に変り失業保険金の受給資格を喪失するに至つたに拘らず保険金の給付を受けていた不当はあるが之が為失業者たる地位を継続するものでないことは明らかである。更に又中山の失業保険金の受給期間が昭和二十六年二月二十一日より昭和二十七年二月二十一日迄となつておりその間同人に対し失業の認定がなされているのであるから右期間中は法律上労働者たり得ないとの同被告の主張も受給期間なるものの性質を違えた論であつて固より採るに足らない。次に同被告は労働者たる身分を有するものであつてもその者が取締役の地位を有するに至るやこのことによつて従来の使用従属関係は遮断され雇傭乃至労働関係は取締役と会社間の委任関係に吸収され被傭者たる地位を失うに至るものであると主張するが取締役としての職務執行と労働者としての勤務とは兼ねることが出来るものと解するから右主張は採用しない。更に同被告は労働者たる身分を有するものであつても労災保険制度は使用者の災害補償義務を保険によつて政府が代行する制度であるから被害者たる労働者と本来災害補償義務者たるべき使用者とその人格を一にするが如き場合は損害の賠償と云う観念は成立する余地がないと主張するから案ずるに取締役は使用者代表の面を有することは否定し得ないが会社は法人として取締役たる人と雇傭契約を締結し得ないわけでなく取締役たる人も会社との間の雇傭契約を締結しその労務に服する場合はこの限においては会社と使用従属関係に立つものというべく労働者災害補償の被補償資格者たり得るものと解すべきであるから右主張も亦採用しない。しかして成立に争ない乙第二第三号証及証人池村良夫同五十嵐要一の各証言に依れば原告会社は労働者災害補償保険の加入者で政府との間に右中山の負傷当時も同保険関係が成立していたことは明らかである。

果して然らば本件中山の災害は原告会社との雇傭関係に基きその労務に従事中によるもの即ち業務上の事由による労働者の負傷であること明らかであるから中山は労働者災害補償保険法上の労働者として同法によつて右災害補償の給付を受くべき権利があるといわなければならない。従つて右を否定して原告の審査申立を棄却した被告審査会の決定は違法であつて取消を免れないものであるからこれが取消を求める原告の請求は正当としてこれを認容し、右当事者間の訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して同被告の負担とする。

次ぎに原告、被告監督署長間の訴訟につき按ずるに原告は昭和二十八年十一月四日の本件口頭弁論期日において被告監督署長に対する訴を取下げる旨陳述したるところ同被告は右取下に同意せず本訴につき判決を得たき旨主張する。そこで原告の右陳述によつて訴の取下があつたかどうかについて判断するに、そもそも訴の取下は相手方が本案に付き準備書面を提出し、準備手続に於て申述をなし又は口頭弁論をなした後は相手方の同意がなければ其の効力が生じないが相手方が準備書面を提出し又口頭弁論をなしても右が本案に関せざるものである限りは相手方の同意を必要としないものであるところ本件につきこれをみるに被告監督署長は答弁書及び準備書面に基き口頭弁論をなしているが右はいずれも原告の訴の不適法なることを攻撃して訴の却下を求める陳述であつて本案に関する陳述とは認め難いから本件においては訴の取下に関し被告監督署長の同意を要しないものというべく原告の右訴の取下の陳述によつて訴取下の効力を生じたものといわなければならない。さすれば原告、被告監督署長間の本件訴訟は右昭和二十八年十一月四日の訴の取下によつて終了したこと明らかであるからこの旨の終局判決をなすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 米山義員 家村繁治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例